生前贈与で賢く相続税対策:非課税枠の活用と注意点

親から子への生前贈与(生きている間に自分の財産を渡すこと)は、賢い相続税対策として注目されています。相続税は遺産の総額に応じて課税されますが、生前のうちに財産を子や孫に移しておけば、その分だけ将来の相続財産が減り、相続税の負担軽減につながるからです。特に日本の相続税制では、生前贈与に利用できる様々な非課税枠が用意されており、年間110万円まで非課税の暦年贈与や、一度に大きな額を移転できる相続時精算課税制度などを上手に活用することで効果的な対策が可能です。本記事では、50代で親の相続を見据える読者に向けて、生前贈与が相続税対策に有効な理由と具体的な活用法、さらに注意すべきポイントを仮想事例を交えながらわかりやすく解説します。

生前贈与が相続税対策に有効な理由

生前贈与の効果

生前に財産を移転し相続財産そのものを減らせることが、生前贈与最大のメリットです。例えば、生前贈与を全くしなかった場合と、毎年非課税枠内で家族に贈与を続けた場合では、最終的な相続税額が大幅に減るケースもあります。ある試算では、20年間にわたり毎年非課税枠内で配偶者と子4人に贈与し続けたところ、生前贈与をしない場合に比べて相続税が約1,361万円も少なくなったと報告されています。このように、生前贈与によって相続財産そのものを減らすことができれば、結果的に納める相続税の軽減につながるのです。
生前贈与の効果は、相続人の人数や贈与のタイミングによっても変わってきます。例えば、相続人(贈与の受取手)が2人いる場合、各受取人に年間110万円ずつ(合計220万円)を贈与しても贈与税はかかりません。相続人の数が多ければ、その分一度に移転できる非課税額が増え、相続財産を効率的に目減りさせることができます。一方で相続人が少なければ非課税で移せる金額も限られるため、より長期間かけてコツコツ贈与していく必要があるでしょう。

生前贈与は早く始めるほど効果的

また、生前贈与は早く始めるほど効果的です。高齢になってから慌てて多額の財産を贈与しても、それが死亡前3年以内(※2024年以降の贈与については段階的に7年以内に延長)であれば相続財産に持ち戻されてしまい、節税になりません。いわゆる「駆け込み贈与」は相続税逃れと見做され、防止措置として一定期間内の贈与は相続税計算時に加算されるルールがあるためです。逆に、早い時期から計画的に贈与を開始しておけば、贈与から長く経過した分については相続財産に加算されにくくなるため、相続税対策として有効性が高まります。

仮想事例:早く始めた場合と駆け込み贈与の差

Aさん(現在70歳)は、自身の財産を早めに子どもたちに渡そうと、60代のうちから毎年贈与を開始しました。毎年少額ずつ計画的に贈与した結果、Aさんが80代で他界した際には、その20年以上前に贈与した分は相続財産に含まれず、相続税の負担も抑えられました。一方、Bさん(80歳)は体調を崩したのを機に、慌てて子どもに多額の贈与をしました。しかしBさんはその2年後に亡くなってしまい、亡くなる直前3年以内の贈与だったため、その贈与額は相続税の計算に加えられてしまいました。結果としてBさんの相続税は想定より減らず、駆け込み贈与の効果がなかったことになります。
この事例からも、生前贈与は長期戦であることが分かります。焦って短期間で多額の贈与をするのではなく、できるだけ早くからコツコツと贈与を続けることが大切と言えるでしょう。

相続時精算課税制度の活用方法

暦年贈与では毎年少しずつしか財産を移せませんが、相続時精算課税制度を使えば一度に大きな額を子や孫に贈与することが可能です。相続時精算課税制度とは、原則として贈与者が60歳以上の父母または祖父母で、受贈者が18歳以上(2022年3月31日以前は20歳以上)の子や孫である場合に限られます。
この制度を利用すると、贈与者ごとに累計2,500万円までの贈与を非課税(特別控除)で受けることが可能です。その非課税枠を超えた場合でも、一律20%の贈与税が課されるのみで、高額な累進税率が適用されません。ただし、制度の名称の通り、贈与者が亡くなった時点で、これまで贈与された財産の価額を相続財産に加え、相続税を精算する必要があります。
例えば、贈与者が1億円の財産を持ち、そのうち2,500万円を生前贈与で受けた場合、贈与時点では贈与税がかかりません。しかし、贈与者が亡くなると、その2,500万円分は相続財産に加算され、相続税が計算されます。

相続時精算課税制度による贈与の効果

相続時精算課税制度では、一度に大きな額を贈与できるため、値上がりが見込まれる資産を早めに移転するのに適しています。贈与した財産は相続時に「贈与時の評価額」で相続財産に加算されるため、将来的に大幅に値上がりしそうな財産(例えば地価が上がる見込みの土地や成長が見込まれる株式など)を早めに子や孫へ移しておけば、相続時には低い評価額のまま課税され、値上がり分について相続税を課されずに済む可能性があります。

相続時精算課税制度の注意点と条件

一度選択すると暦年贈与には戻れない

相続時精算課税は一度選択すると同じ贈与者からの贈与には常に適用されることになります。途中で「やっぱり毎年110万円までの贈与に切り替えたい」と思っても元には戻れません。その親から子への贈与は将来にわたり全て相続時精算課税扱いとなり、110万円以下でも毎回申告が必要になる点に注意しましょう。

累計2,500万円まで非課税だが相続税は精算される

相続時精算課税では累計2,500万円までの贈与税が特別控除により0円になります。ただし、その贈与分は贈与者が亡くなった際に相続財産に加算されるため、贈与税の節税になっても相続税自体の節税効果は限定的です。「贈与税を払うくらいなら将来の相続税でまとめて清算したい」という考え方の制度と言えます。もともと相続税がかからない程度の家庭では、この制度を使っても税金面のメリットはありません。また、一度に大きな額を子に渡すと自分の老後資金が減る点や、贈与した財産が将来相続人同士の不公平感を生む(特別受益の問題)可能性なども考慮が必要です。

届出と申告が必要

相続時精算課税を選択する場合は、原則として贈与税の申告書の提出期間内に「相続時精算課税選択届出書」を受贈者の納税地の所轄税務署長に提出する必要があります。また、相続時精算課税を利用して贈与を受けた場合や、相続時精算課税を利用した場合には、原則としてその翌年の2月~3月に贈与税の申告書を税務署に提出しなければなりません。例えば子に120万円を贈与した場合、基礎控除110万円を超えた10万円部分に対して税率10%が適用されるため、1万円の贈与税がかかります。このケースでは翌年3月15日までに贈与税の申告が必要です。

小規模宅地等の特例が適用されない

相続時精算課税を利用した場合、例えば親から子へ自宅の生前贈与をしてしまうと、その宅地には本来相続時に受けられるはずだった小規模宅地等の特例(大幅な評価減)が適用できなくなります。土地の贈与を検討する際は、この点に十分注意しましょう。

専門家とよく検討を

相続時精算課税は、贈与税の大幅減税と引き換えに相続税の前払い・持ち越しをする制度です。そのため、そもそも相続税がかからない程度の資産規模であれば利用メリットはありません。また、前述の通り一度選択すると変更が利かないため、使えば必ず得をする制度ではない点も理解が必要です。税理士などの専門家の立場では、相続時精算課税を使うかどうかは事前によくシミュレーションし、その家庭にとって本当に効果があるか慎重に見極めるよう助言しています。

生前贈与を実施する際の注意点

暦年贈与にせよ相続時精算課税にせよ、生前贈与を行う際には共通の注意点があります。以下のポイントを押さえて、せっかくの対策を無駄にしないようにしましょう。

贈与契約書を作成する

生前贈与では、毎回贈与契約書を交わして証拠を残すことが大切です。口頭で「あげる・もらう」を決めただけでは、後から贈与の事実が証明できなかったり、契約自体が成立していないとみなされて税務上は贈与がなかったことにされる恐れもあります。契約書に「○年○月○日に○○銀行の口座から○円を振り込み贈与した」など具体的に明記し、通帳の記帳や振込票などとあわせて保管しましょう。

定期贈与と見なされない工夫

毎年同じ時期に同じ金額を贈与し続ける計画をあらかじめ立てると、税務署から「最初からまとまった額を贈与するつもりだった」と見なされるリスクがあります。例えば「毎年110万円を10年間贈与する」という約束を最初に交わしていた場合、110万円×10年=1,100万円の贈与をしたと見なされ、その合計額に対して贈与税が課税されてしまう恐れがあります。そうならないよう、毎年の贈与額や時期はその年ごとに決定し、各年の贈与について個別に契約書を作成するようにしましょう。

名義預金に注意

親が子名義の銀行口座に内緒でお金を貯めているだけのケースなどでは、子が贈与を受けた認識がなく契約も成立していないため、実質は親の財産と見なされます(名義預金の問題)。名義預金と判断されると、その預金は贈与とは認められず、結局親の遺産として相続税の課税対象に含まれてしまいます。これを避けるため、贈与したお金は必ず受贈者本人が管理できる形で渡しましょう。現金手渡しより銀行振込が望ましく、振込記録や通帳を残すことが重要です。また前述の贈与契約書にも、振込日や金額を明記して後日の証拠にしてください。

以上のようなポイントに留意しつつ生前贈与を活用すれば、相続税対策として大きな効果を発揮します。税理士の実務でも、贈与の仕方や記録に不備があったために本来の節税効果が得られなかったケースが見受けられます。確実に効果を出すためにも、正しい手順で贈与を行い、必要に応じて専門家に確認しながら進めることが大切です。

相続税のご相談は世田谷区家族信託・相続の相談所へ

本記事では生前贈与を活用した相続税対策の有効性と具体的方法、さらには注意すべきポイントについて解説しました。世田谷区家族信託・相続の相談所では、生前贈与や相続時精算課税のご相談はもちろん、家族信託や遺言作成など相続に関する幅広いサポートを行っています。生前対策をご検討中の方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。

税理士 粕谷幸男

粕谷幸男

一般のご家庭から医師や会社経営者まで、相続や事業承継のお悩みを、豊富な経験と知識を踏まえ「当事者目線」で親身に対応致します。

専門分野・得意分野
相続、事業承継、信託財産管理会計、税務
資格
  • 税理士(法人登録番号:1700、税理士登録番号:30268)
所属団体名
東京税理士会
所属事務所
KASUYA税理士法人
所属事務所の所在地
東京都世田谷区用賀

活動実績・専門分野

個人事業主、小規模零細事業から医師、大規模賃貸オーナーに至るまで、幅広く顧問先を抱える税理士法人代表。
企業等顧問だけでなく、信託、非営利法人等の税務会計を大学講師として教鞭を執りました。
個人、法人、株主等のライフサイクルに関する財産・税務のシュミレーションソフトを使用して、ご提案しています。
信託財産管理会計及び税務にも精通し、家族信託や相続税事案も数多く取り扱っています。

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